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浜野歯科医院
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副院長 浜野弘規の論文

副院長 浜野弘規の論文

第2回 歯科を変える再生医療

副院長 浜野弘規の講演録

「歯科を変える再生医療」といわれている昨今だが、臨床医学では「再生」は意識されることない普遍的な前提であったと思われる。従来から補綴に代表される「置換医療」が主体の歯科界も、まずは歯周・歯髄・粘膜組織の治癒過程がその前段階で必ず行われる。臨床における治癒は最終的に身体の「再生能力」に依存し、医師は多くの場合「再生」を利用して患者を治癒に導いている。「再生」という概念は、いわば医学界においては自明なことではなかったろうか。しかし1998年に発表されたヒトES細胞(胚性幹細胞:Embryonic Stem Cell)によって、これまでの概念を超えて「再生医療」1)の名が普及され、いまや「遺伝子医療」と並んで「21世紀の医療」とまでいわれ、バイオベンチャーの出現や倫理的な問題も絡まって、社会的な話題にまで発展してきた。「再生医療」の流れは歯科界でも新たな論議を呼び、今や「Tissue Engineering―細胞工学」の力で、歯牙喪失した顎骨に再び歯を萌出させられる日がもはや近いのではないかと、話題に上がることも多い。昨年の「第30回日本歯科医学会総会にて「歯科を変える再生医療」と題された国際シンポジウムが催され、歯科界の再生医学に携わっている国際的な研究者3名の講演を聴く機会を得た。その内容は質・量とも豊富で、文字通り歯科における再生医療の基礎的エビデンスの集大成を一堂にして拝聴できた貴重な時間であった。はたして「歯科を変える再生医療」はどこまできたのであろうか、その講演の内容を報告する。

1. 歯周組織の再生−セメント質-歯根膜を中心に 
M.J,Somerman

シアトル・ワシントン大学のSomerman教授は、長年にわたって歯周組織の生物学的特性を解析し、現在も毎年数多くの論文を発表されている精力的な歯周病の専門家である。Somerman教授は、予知性のある再生治療が行われるべく歯周組織の生物学的特性を発生段階まで遡って検証し、「再生因子」ともいうべき歯周組織の活性・制御因子を、豊富な解析モデルと優れた分子生物学的手法を用いて紹介した。1)エナメル蛋白2):歯根形成に必須の上皮―間葉の相互因子の候補であるエナメル蛋白検証のため、エムドゲインを用いてその生物活性を確認、その主たるアメロジェニン蛋白が上皮―間葉相互のシグナル分子であることをノックアウトマウスで観察した。2)BMP(骨誘導タンパク): 歯胚形成期におけるBMP-2 の石灰化抑制機構、BMP-4の能動機能からBMPの多様性を示した。3)リン酸:AnkirosisのモデルAnkマウスに認められるセメント質の過形成に注目、セメント芽細胞に直接刺激するリン酸の関与を示唆した。4)RANKL/ODF:破骨細胞へ分化を誘導するサイトカインRANKL/ODFが、歯槽骨の吸収に関与することをラットの根分岐部病変モデルの解析から示した。さらにこれらの再生因子を歯周疾患モデル局所へ細胞工学的に応用し、歯周組織再生の複雑性(セメント質の過剰形成やアンキローシスなど)を確認した。このように分子レベルでの再生因子が着々と明らかになっているとともに、それらを組織内で調節する「barance」の解明が今後の「再生医療」の鍵であることを改めて認識できた。

2. ティッシュ・エンジニアリングによる口腔粘膜の作製  
S.E.Feinberg

ミシガン大学のFeinberg教授は自身が口腔外科医でもあるので、臨床の立場から顎顔面の被服粘膜の再建を目指す細胞工学の権威である。彼らは口腔内グラフト(植皮)材料をヒト皮膚から生成したAllo Dermを応用してきた。これは基底膜や細胞性基質だけを残した無細胞性製品で、歯周治療でも粘膜移植の材料として市販されているが、新たにこの材料を用いた細胞工学的な培養複合口腔粘膜(EVPOME)を確立した。患者組織(体中)から上皮細胞を採取、Allo Dermとともにex vivo(体外)培養で増やし、再び患者患部の治療に使うこの方法は、Feinberg教授がFDA(アメリカ食品医薬品)のガイドラインの基準を満たす(従来表皮細胞の培養に使用するマウス3T3細胞を土台にする方法や、血清を用いる方法はプリオンや未知のウイルスの混入の可能性があるため、医薬品として認可されない)よう無血清で培養をしている3)。Allo Derm上に11日目で重層状の増生した細胞は口腔粘膜の特性を保つなど移植に適していることを確認、動物実験で良好な結果を得たので、現在はミシガン大学で口腔癌や歯周病患者50例の臨床試験を検討中とのことである。また培養する上皮細胞をより確実に選別し、その細胞集団が口腔粘膜の幹細胞である可能性を細胞接着分子・核転写因子・老化の因子にて検討、採取する細胞を年齢に関係なく増殖できるようにした。現在、EVPOMEの方法を口腔粘膜にとどまらず角膜や膀胱・子宮粘膜にも応用中で、唾液腺の分化にも発展させたいとのことである。口腔粘膜の再生は名古屋大学の上田先生がすでに臨床応用されているなど、歯科界の再生医療の最も盛んな組織であり、今回のFeinberg教授の研究を含め、今や実用化へと向いていることを感じさせられた。

3. 第3の歯を作る
C. S. Young

 Young博士は、ボストン・フォーサイス研究所・サイトカイン研究室所属の新進気鋭の分子生物学の専門家で、今回は彼が2002年に報告したJournal of Dental Research4)の内容を中心に講演された。この論文は歯の構造を再生に導いた初めての報告であることから「Rapid Communication」として紹介され、大きく注目された研究である。彼らの目標は細胞工学的に置換された歯牙の再生、すなわち歯胚(体性幹細胞)を足場となる生体材料(担体)とともに移植、歯牙(組織)を再生させることである。生後6ヶ月後のブタ下顎骨に埋伏する第3大臼歯の歯胚より上皮系と間葉系組織の細胞を単離、混合した後に担体として生体吸収性のポリグリコール酸(PGA)のメッシュに播種、細胞が担体に接着した後にラットの大網下に移植した。移植後20週に歯牙様構造が形成され、歯冠相当部にはエナメル質様組織と象牙質様組織を、30週目で歯根相当部の内部に歯髄様組織を含む象牙質様組織やその周囲にセメント質様構造が観察、免疫組織学的にも歯牙の構造を確認した。更に再生した歯牙様構造の形態形成を発生期から検索し、通常の歯の萌出機序と同様であることも確認した。しかしいまだ歯冠形態のコントロールまでは至らず、歯根形成も不完全など天然歯と同様の形態を持つ歯牙再生は未だ困難のようであった。またこの実験の再生部位は腹部であり顎骨で再現できるのか、この実験では多く存在するブタのエナメル上皮(上皮の体性幹細胞)をヒトではどこに求めるのか(ES細胞に求めるのか)など、解決する新たな問題も生みだしている。多くの課題を残しているとはいえ、細胞から歯へと再生を導いたことは画期的な知見であり、この研究が歯科界の夢であった「歯牙再生」の先駆けになることは間違いないと思われる。

4. 神経の再生−失われた機能を回復する− 
清水慶彦

京都大学・再生医科学研究所(再生研)は、世界に先駆けてES細胞から毛細血管の再生を成功した再生医療の世界的な研究所である。シンポジウムの座長である清水先生は、その再生研の中で「清水研」といわれる臓器再建応用分野の創設者であり、生体に応用できる高分子材料研究から人工臓器へと臨床にフィードバックする成果を数々成し遂げられた。今回のシンポジウムの進行役にふさわしい日本の再生医療界草分けご自身の発表は、マスコミも注目した「末梢神経の再生」の成果であった。1980 年代から始めた人工材料の開発は多くの試行錯誤を重ね、生体吸収性PGAのメッシュチューブに I 型コラーゲンをコーティングした材料を用い、切除した25mmのネコの足の神経を再生、7 カ月にて元通り歩けることを確認した。臨床では2002年から試験的に適用、現状で約70 例が良好とのことで、直腸癌手術で合併切除された下腿の閉鎖神経25 mm の接合例(1 カ月で運動と知覚を回復),自律神経機能の再建例、電気ノコギリで切断された林業従業者の大腱部・坐骨神経25 mmの 接合例(2 カ月で自力歩行)など、再生医療がもはや現実であることを提示された。清水先生は歯牙の再生の研究も手がけられており、医療界も歯科の再生医療の将来を注目している様子であった。

おわりに
このシンポジウム全ての演題とも、歯科界の様々な仮説を客観的なデータで提示した、文字通り現段階における再生医療の最先端の研究内容であった。しかし基礎研究が中心の内容なためか会場が満席とまではいかず、多くの臨床家が興味をひく具体的な臨床症例が少なかったことが、今日の歯科の再生医療の現状でもある。今回の研究で歯科の再生医療は、Young博士の研究のように歯を再生する技術、Feinberg教授のように口腔の幹細胞を細胞工学的に厳選する時代まで至った。それでも「再生」は、生体すなわち「細胞と細胞」の反応であり、組織内での過剰な反応は致命傷となることはいうまでもない。やはりまだ多くの基礎研究での裏づけを積み重ね、清水先生のような試行錯誤をくりかえし、Somerman教授が繰り返し話された「barance」というKey Wordをさらに追求することが、再生医療に求められる最も重要なことであることを改めて感じた。
講演後の質疑応答もシンポジウムの性格上、基礎研究のデザインのことが多かった。それでも具体的な臨床化の実現はどれくらいの年月であるかという質問もなげかけられ、Young博士は目標である歯牙の再生を早くて5年から30年の幅を見てほしいことを述べられていた(コストはもちろん最初は高くなるとのこと。因みに現在でES細胞を臨床応用したら一検体20万ドル!らしいとのこと・・)。果たしてこの年月が遠く感じるか、近くであろうか?
1997年に発表されたエムドゲインは、歯科における「再生医療」先駈けの発想の材料であった。歯科界に一大センセーションを起こした当時はその発想の豊かさに感銘しつつも、胎生期の蛋白が成人の組織再生を誘導するかどうかの基礎的・臨床的知見5)は充分でないことも感じていた。しかしあれから7年を経て、歯科の再生医療の知見が現在、加速度的に積み重なっていることを今回の講演で改めて感じとった。まだ行くたびかの知見を重ねながら、新たな医療「再生医学」が名実ともに歯科医療の中心になる日が近未来に訪れることを予見させられる今回のシンポジウムであったと考えている。

●参考文献 :
1) 上田実:再生医療は歯科をどうかえるか 日本歯科評論2004年7月―12月連載
2) Boabaid F., Somerman M.J. etc. : Leucine-rich amelogenin peptide: a candidate signaling molecule during cementogenesis. J Periodontol. 2004 Aug; 75(8):1126-36.
3) Izumi K., Feinberg S.E., etc. : Evaluation of transplanted tissue-engineered oral mucosa equivalents in severe combined immunodeficient mice. Tissue Eng. 2003 Feb; 9(1):163-74.
4) Young C.S., etc. : Tissue engineering of complex tooth structures on biodegradable polymer scaffolds. J Dent Res. 2002 Oct; 81(10):695-700 J Dent Res. 2002 Oct; 81(10):695-700
5) 浜野弘規:エムドゲインの歯周組織における生物学的背景 歯界展望95(2):471-481,2000

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