第62回 キシリトールは心血管系疾患を誘発する!?
院長の病理学の先輩でもあり、歯科心身学における第一人者の安彦先生が当院に書き下ろしてくれた、お口と心の悩みの解説の特集です。

私の外来「口腔内科相談外来」で最も多い患者は、舌に灼熱感や痛みを伴う舌痛症(口腔灼熱症候群)患者です。この患者の症状の大きな特徴は、食事中は全く症状がなく、口の中に何かを入れておくと症状が紛れて楽になることです。
治療には安定剤(抗不安薬)や抗うつ剤が使われ、心理療法も行われることが一般的です。しかし、患者によっては薬を絶対に飲みたくないという人や、これらの治療法で症状が寛解しにくい人もいます。そんな患者には、「口の中に何かを入れておくと症状が紛れる」という点を利用して、負担のないマウスピースを使用したり、ガムや飴で紛らわしてもらうこともあります。
ガムや飴を使う際には、一般的な歯科医師と同様にキシリトール入りを勧めています。キシリトールには虫歯予防効果があり、また低GI食品であるため血糖値を急激に上昇させないことから、糖尿病患者にも多く使われています。
しかし、キシリトールは大量に摂取すると下痢を起こすことがあることもよく知られています。また、犬に与えることは禁忌であり、キシリトール中毒を引き起こすと言われています。犬がキシリトールを摂取すると、体はキシリトールをグルコースと誤認して大量のインスリンを分泌し、これにより血糖値が急速に低下して低血糖状態になります。場合によっては命取りになることもあります。また、犬の肝臓にダメージを与え、肝機能障害や肝不全を引き起こす可能性があります。
一般的には人には極めて安全なキシリトールですが、最近、この摂取量が多いと血管系疾患である心筋梗塞や脳梗塞のリスクを上昇させるとの報告がなされました。歯科業界の方々にはすでに知られていることかもしれませんが、今回はこの論文を紹介いたします[1]。
この研究では、心臓の検査を受けている1157人の安定した患者さんから一晩絶食後の血液サンプルを採取し、非標的メタボロミクスという方法で多数の代謝物を網羅的に調べました。その後、別の2149人の患者さんの血液を使い、質量分析(LC-MS/MS)でタンパク質の種類と量を詳細に分析しました。
さらに単離ヒト血小板、多血小板血漿、全血、および動物モデル研究により、キシリトールが血小板反応性および血栓形成に及ぼす影響を調べました。最後に、健康なボランティア10人を用いてキシリトール摂取が血小板機能に及ぼす影響を評価する研究を実施しました。
結果は、最初の1157人の血液調査で、キシリトールが3年以内の心疾患の発症リスクと関係していることが明らかとなりました。次に2149人の血液を使った質量分析でも、キシリトールによる心疾患発症リスクが約1.57倍上昇することが確認されました。また、キシリトールは血小板の働きを強め、血栓ができやすくなることが示されました。
健康な人にキシリトールを摂取させたところ、血中キシリトールが増え、血小板の活動が強まることがわかりました。以上のことから、キシリトールは血小板の働きを強め、血栓をできやすくすることが示唆されました。心疾患とは、血小板の活性化による血栓形成での心疾患のことであり、これは心臓の筋肉に血液を送る冠動脈の閉塞による狭心症や心筋梗塞を意味します。
虫歯予防のために広く使用されているキシリトールが血栓形成を促進する可能性があるというのはショックですよね。虫歯予防以外に、糖尿病患者の急激な血糖値上昇を抑えるためにも用いられていますが、もし血栓形成を促進するならば、糖尿病での血糖値上昇による血管障害や血栓形成を抑制するためにキシリトールを使う意味がなくなるでしょう。
以前、人工甘味料であるアスパルテームやアセスルファムKに発がん性があることが外国の大規模調査で明らかになったことを紹介しました。キシリトールはトウモロコシや白樺の樹皮から抽出される天然の糖アルコールなので、必ずしも人工甘味料とは言えません。
甘味はカロリー源の摂取に欠かせない人の欲求であり、摂取により幸福を感じるドーパミンやエンドルフィン、オキシトシン、GABAなどが脳内で産生されます。それゆえに過剰摂取しやすく、糖尿病や肥満を引き起こしやすい原因となります。
以前、キシリトールの害について質問された患者さんがいました。次に同じ質問をされた際には、多量摂取による下痢と併せて、このような報告もあることを説明に加えるとよいでしょう。甘いものを食べてもすぐに歯磨きをすると虫歯にならないことを確認しながら。
Witkowski M, Nemet I, Li XS, Wilcox J, Ferrell M, Alamri H, Gupta N, Wang Z, Tang WHW, Hazen SL. Xylitol is prothrombotic and associated with cardiovascular risk. Eur Heart J. 2024 Jul 12;45(27):2439-2452.
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