小児の粘液嚢胞はストレスの証拠?!

   

日本歯科心身医学会の理事長を終えて

昨年7月に東京で開催された第40回日本歯科心身医学会をもって、私は3期6年間務めた同学会の理事長職を終えました。
歯科心身症の患者は決して少なくありませんが、歯科界全体としてはその理解や普及がまだ十分とは言えないのが現状です。
学会の会員数も依然として多くはなく、積極的に学ぼうとする歯科医師も限られています。
その背景には、歯科医療が外科治療を基盤とする領域であり、目に見えず治療法も一定化しない「メンタル」の問題を受け入れにくいという側面があります。
また、歯科の保険診療ではメンタルヘルスの問題に十分対応できないという現実も影響しています。
さらに、世界の学問体系として欧米が基準とされがちですが、実際には欧米諸国では歯科心身症の患者は歯科の対象から外されていることも多いように感じます。
歯科心身症は一般的には、例えば舌痛症や非定型歯痛、咬合違和感症のように、器質的な異常が認められないにも関わらず症状のみを訴える疾患を指し、その背景は一般的にストレスなどのメンタルな問題のあることが多いと考えられています。

 

ストレスから起こる口内炎

ストレスによって引き起こされる口腔疾患は他にもあります。
有名なものは、前回のニューズレターでも紹介した「ヘルペス」でしょう。
これは元々感染していたウイルスが、ストレスによる免疫力低下をきっかけに再活性化し、症状として現れるものです。
間接的な関連と言えますが、より直接的な例としては「アフタ性口内炎」が挙げられます。
私が以前、小児歯科学会で「アフタ性口内炎の多くはストレスが原因です」と講演した際、懇親会で「そのことは知らなかった」と声を多く頂きました。
ストレスがアフタ性口内炎の発症にどのように関与するかについては諸説ありますが、ストレスによる歯ぎしりも発症要因の1つと考えられています。
実際、アフタ性口内炎が繰り返す患者に夜間スプリントを装着したところ、発症頻度が減少したという臨床経験があり、その後このことを支持する論文も発表されています [1]。

 

小児の粘液嚢胞はストレスの証拠?!

また、小児がストレスや不安を抱えると、歯ぎしりや爪噛み、唇・頬・舌を噛む、指しゃぶりといった口腔習癖が現れることがあります[2]。
口唇を噛むことによって粘液嚢胞(口唇の唾液腺が損傷され、唾液が貯留する)が生じることがありますが、粘液嚢胞の存在からその小児がストレス状態にあると着目した報告は、ほとんどありません。
確かに、粘液嚢胞の年代別発生頻度をみると、10歳代に多いとする報告があります。

今回の学会では、粘液嚢胞を単なる外科的切除の対象疾患と捉えるのではなく、心身症の一種と捉え、外科的治療を安易に行うべきではないという発表がなされました[3]。
概要は次のとおりです。

本発表では、8歳から23歳までの女性4例、男性3例、計7例の口唇粘液嚢胞患者を対象とし、詳細な問診によって各症例の背景にある心理社会的要因、すなわち塾や習い事の負担、学校生活や仕事上のストレスなどを個別に把握し、それらへの介入として心理的サポートや生活指導を実施しました。
また、患者自身が日常生活の中で無意識に口唇を噛む習慣に気づき、それを避けるよう意識づけを行うよう指導しました。
その結果、いずれの症例も外科的処置を行うことなく、最短で約1週間、最長で6か月の経過で全例が自然治癒したという報告でした。

口唇粘液嚢胞の発症は、従来より口唇を噛むなどの物理的刺激による小唾液腺の損傷が原因とされてきましたが、特に若年者では、精神的未熟さや環境変化への対応困難、不安や精神的ストレスの増大といった心理社会的要因が強く影響していることが示唆されます。
これらのストレスが高まることで無意識のうちに口唇を噛む習癖が誘発され、発症につながるケースが多いと考えられます。
したがって、治療の最も重要な目標は、単なる嚢胞の消失ではなく、発症の根本原因である心理社会的ストレスを軽減し、それに起因する無意識的な口唇咬傷習慣を患者自身が自覚し、日常生活の中で断ち切ることを支援することです。
外科的治療を第一選択とせず、心理社会的要因への介入を重視した保存的治療が極めて有用であると結論づけられました。

 

小児の口唇粘液嚢胞の背景に心理的ストレスが関与している可能性は?

これまでに口唇粘液嚢胞を心身症と捉えた論文があるのか調べたところ、心理的ストレスによる口唇の噛み癖が粘液嚢胞の発症に関与することに言及した論文は、わずかに1報のみ見つかりました[4]。
私自身、病理組織標本で切除された粘液嚢胞を頻繁に目にしていますが、「心理的ストレスと言われたらそうだよね」と思うものの、小児の口唇粘液嚢胞の背景に心理的ストレスが関与している可能性については、これまで考えたことがありませんでした。
口腔症状の背後にある要因として、今後は記憶に留めておくべき重要な視点だと思います。

[1] Tada H, Fujiwara N, Tsunematsu T, Tada Y, Arakaki R, Tamaki N, Ishimaru N, Kudo Y. Preventive effects of mouthguard use while sleeping on recurrent aphthous stomatitis: Preliminary interventional study. Clin Exp Dent Res. 2017 Oct 11;3(5):198-203.
[2] Jathanna RV, Bangera R, Naik MK, Jathanna VR, Adhikari S, Vats S. Unraveling the Relationship between Oral Habits and Anxiety: A Narrative Review. J Pharm Bioallied Sci. 2024 Dec;16(Suppl 4):S3099-S3101. doi: 10.4103/jpbs.jpbs_744_24. Epub 2024
[3]小佐野仁志、中野崇文、家崎憲博. 当科で行っている口唇粘液嚢胞の治療.40回日本歯科心身医学会
[4] Jani DR, Chawda J, Sundaragiri SK, Parmar G. Mucocele--a study of 36 cases. Indian J Dent Res. 2010 Jul-Sep;21(3):337-40.

 



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